横浜地方裁判所 昭和23年(ワ)322号 判決
原告 福沢文士郎
被告 熊野久 外一名
一、主 文
被告熊野は、原告に対し、金三十九万円およびこれに対する昭和二十三年十月十八日より完済にいたるまで年五分の割合による金員の支拂をせよ。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用は、これを二分し、その一つづつを原告および被告熊野の負担とする。
この判決は、原告が金十万円の担保を供するならば、原告勝訴の部分にかぎり、かりに執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告らは原告に対し金五十万円およびこれに対する被告熊野は昭和二十三年十月十八日より、被告中川は同二十四年一月二十二日より、それぞれ完済にいたるまで年五分の割合による金員の支拂をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言をもとめ、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決をもとめた。
原告訴訟代理人は、請求原因をつぎのようにのべた。
(一)、原告は、横浜市金沢区富岡町三百三十番の一所在、木造スレートおよびわら葺平家一むね、建坪五十坪九合二勺を所有していた。
(二)、そして、昭和二十年八月十五日以後右家屋を被告熊野に、戰時中敵機の爆撃によつてこうむつた破損箇所を修理してもらうかわりに、この費用と約二ケ年分の賃料とを相殺する約束で期間を定めずに賃貸した。ところが、被告熊野は昭和二十一年一月頃原告には無断で右家屋を被告中川に轉貸した。
(三)、しかるに、右家屋は昭和二十三年一月三日火災を発し洋間(八疊二室)を残して屋根部分を全燒し、そのため家屋としては修理せねば使用にたえないようになつてしまつた。
(四)、しかして、右火災は被告中川のつぎのごとき重過失にもとずくものなのである。
すなわち、(イ)、被告中川は当日の午後一時頃本件家屋の廊下(縁側)中央部より西方約十三尺へだたつた地点に直径約二、三尺、深さ五寸位の穴を堀り、そこに落葉を集めて焚火をしていた。しかして、本件家屋の屋根は底部はスレート葺であるが、その上は約一尺の厚味の草葺である。(ロ)、のみならず、当時は降雨すくなく空気は極度に乾燥しており、また当日は火災警報が発せられていて(風速二・三米、濕度四二%、気温六・八度)飛火による火災の発生に好條件であつた。一般に、かくのごとき状況において焚火をすることが、はなはだ危險であることは常識であつて、普通人であればこの危險性について特別の注意を要せずしてたやすく予見しうるものである。したがつて、被告中川は右の場合焚火のそばを離れないようにして火の子の炎上飛散に万全の注意を拂うべく、万一そこを離れる場合には十分な注意力を有する成人をして自己にかわつて監視させる等の方法を講ずべきであるのに、これをなすことなく、わずかに六歳の幼兒を現場にのこして、みずからは落葉をかき集めるため現場をはなれて廣い邸内の各所に出向いていた。その間、飛散した火の子はわら葺屋根(焚火の地点より約二十三尺)に付着し徐々にその深部に燃えひろがり大事にいたつたのである。
(五)、右家屋は、総檜ずくりであつて原告としては相当に手をかけたものであり、これを修理するとするならば、本訴提起当時の昭和二十三年十月当時においてその損害は、六、七十万円を下らない次第である。
(六)、しかして、被告熊野は賃借人として善良なる管理者の注意をもつて賃借物を保存すべきであり、したがつて、賃借物を他人に使用せしめるような場合には、その人選に注意し、いやしくもその者が賃借物を毀損したりすることがないようにすべきであるのにかかわらず、前記のごとき重過失をおかすような危險性のある被告中川をほしいままに居住せしめ、かくのごとき大事を惹起せしめるにいたつたのであつて、本件につきまさに責に任ずべきものである。
よつて、原告は、被告熊野に対しては、本件家屋賃貸借契約の債務不履行を理由として、また、被告中川に対しては、同人の重過失による不法行爲を原因として、それぞれ原告のこうむつた損害の最低額たる金五十万円の支拂をもとめるため本訴におよんだ。」
被告ら訴訟代理人は、つぎのように答弁した。
「原告の主張事実中、(一)、(三)、(四)の(イ)の各事実をみとめるが、その他の事実は否認する。
本件家屋は、昭和二十年七月頃、被告熊野ではなく、当時の大日本兵器株式会社(現在の日平産業株式会社)が工職員用の寮として被告からその主張のような條件で借りうけたものであつて、同会社は昭和二十一年一月頃その專属の自動車修理担当者であつた被告中川を本件家屋に居住せしめたものである。
また、本件火災の原因は、被告中川の焚火によるものではなく、漏電によるものであつて、このことは左の事実にちようしてもあきらかである。すなわち、(イ)、本件家屋は戰爭中敵機の爆撃によつて相当いたんでいたのであるから電気の配線状況も危險状態にあつたとみなしうること。(ロ)、本件家屋のうち燒けた部分は天井裏だけでしかも配線部分を全燒しながらその他の部分は燒けのこつていること。(ハ)、焚火は主として松葉を焚いていたのであるから火の子が数十尺もまいあがる性質のものではなかつたこと。(二)、もし飛火したとすれば厚さ一尺の草葺屋根を燒けぬくまでにはすくなくとも周囲一尺や二尺の範囲を燒けこがすべきであるのに本件火災にあたつては最初草葺の間から数條の細い薄煙のみ出ていて火元が判明せず消火のため屋根にあがつた被告中川も火元を見出すのに難澁し草葺屋根をめくりまわつたこと。(ホ)、本件火災直後消防署員等が本件家屋の燒け具合を見て漏電であると言明していたこと。(ヘ)、被告中川は日頃からこの地点で焚火をするのが常であつていまだかつて何らの危險も発したことがなかつたことなどである。
かりにしからずとしても、被告中川のなした焚火は白書無風状態において軒先より十三、四尺もはなれたところでしかも用心深く深さ五寸ほどの穴を堀つてなされたこと、被告中川のほかに六歳の少年が常につきつきりでものの五分と現場をはなれていたことがなかつたこと、また、前記のごとく焚火は主として松葉を焚いていたのであるから飛火をする性質のものではないのみならず、被告中川は日頃からこの穴で焚火をするのが常であつていまだかつて何らの危險も発したことがなかつたことなどよりして、被告中川に本件火災につき重過失があるなどとは到底みなしえないものである。
かくのごとく本件家屋の賃借人は被告熊野ではなく、また被告中川の過失ないしは重過失がみとめられない以上、被告らのいずれにも本件火災につき責に任ずべき何ものもないから、本訴請求は失当である。」
原告訴訟代理人は、右主張を否認した。
<立証省略>
三、理 由
まず、原告が本件家屋を所有していたことは当事者間に爭がないところであるが、右家屋の賃借人が何人であつたかについては、原告は被告熊野なりと主張し、被告らは大日本兵器株式会社なりと主張している。しかし、証人杉崎英治の証言と原告法定代理人福沢むる尋問の結果とを対比すれば、本件家屋の賃借人は、被告熊野であつて、同人は昭和二十年八月頃右家屋を原告から原告主張のような條件で賃借したことがみとめられる。そして、証人鹿島三郎、同鹿島源左衞門、同中川義子(第一、二回)の各証言と前記原告法定代理人および被告両名本人各尋問の結果を綜合すれば、被告熊野は昭和二十一年一月頃原告には無断で本件家屋に被告中川を居住せしめるにいたつたことをみとめることができる。
しかして、右被告中川が昭和二十三年一月三日の午後一時頃本件家屋の縁側中央部より西方約十三尺へだたつた地点に直径約二、三尺、深さ五寸位の穴を堀り、そこに落葉を集めて焚火していたところ、右家屋は火災を発し洋間をのこして日本間の部分の屋根や天井を全燒したことは当事者間に爭がないところであるが、原告は右火災は被告中川の焚火の飛火によるものだと主張し、被告らは漏電なりと主張するので、つぎにこの点を檢討する。
まず、被告ら主張の漏電説については、被告らがその根拠として主張するところの(イ)、本件家屋が爆撃によつて相当いたんでいたこと、(証人鹿島三郎、同鹿島源左衞門の各証言と被告熊野本人尋問の結果による)。(ロ)、本件家屋のうち燒失した部分は主として天井裏であること(現場撮影の写眞であること爭のない甲第一号証の一ないし七および檢証の結果による)、(ハ)、本件火災は最初草葺の間から数條の細い薄煙のみ出ていて火元が判明せず被告中川らは火元を発見すべく草葺屋根をめくりまわつたこと(証人中川義子(第一回)の証言と被告中川本人尋問の結果による)、(二)、本件火災直後消防署員等が本件家屋の燒け具合をみて漏電であると言明していたこと(証人鹿島三郎、同中川義子(第一回)の証言と被告中川本人尋問の結果による)、(ホ)、被告中川は日頃からこの地点で焚火をするのが常であつたこと(被告中川本人尋問の結果による)がみとめられるけれども(焚火は主として松葉を焚いていたとの主張はみとめられない)、家屋が爆撃でいたんでいたからといつてただちに電気の配線状態も不良であつたとはいえないし、また、鑑定人諸角孝之助の鑑定の結果によると、本件家屋の燒失部分が主として天井裏であるからといつて本件火災が漏電によるものなりとは断定しえないものであるのみならず、能力ある火の子が飛火したとすれば、人の気のつかないうちに草葺屋根を通して屋根裏から天井へ燻燒し、その或る個所が落下した場合対流を生じて一瞬にして天井と屋根の中間に焔を生じ屋根の弱い一部から煙を噴き出すこともありうるのであるから、燒失状況や火災の発生状態から本件が漏電なりとはいいえない。また、本件火災直後現場で消防署員が漏電だといつていたとしてもかかる無責任な放言は到底信用しがたいところであり、被告中川が日頃からこの地点で焚火をするのが常であるからといつてこれまた漏電なりとは断じえない。しからば、被告らが漏電説の根拠となすところのものはいずれもその根拠たりえないのであつて、本件火災が漏電によるものであるとはみとめられない。
つぎに、原告主張の焚火説については、まず、本件家屋の屋根が底部はスレート葺であるがその上は約一尺の厚さの草葺となつていたことは当事者間に爭なく、しかも、前記鑑定人の鑑定の結果によれば、当時は風速二・三米、濕度四二%、実効濕度七二%、出火危險度一・五であつて、一般的には火災発生の危險は高くはなかつたけれども、本件のごとく草葺屋根の家屋の附近において焚火をする場合においては、焚火は火の子が飛散して屋根の草葺の部分に附着し火災が発生するのにかえつて好條件であつたことをうかがうことができる。しからば、別段の事情のみとむべきものがないかぎり、結局、本件火災は被告中川の焚火の飛火によるものなりと認定するのを至当とするといわなければならない。
そこで、つぎに被告中川に本件火災につき過失もしくは重過失ありやいなやを檢討するに、前認定のごとく、被告中川は当日の午後一時頃風速二・三米の状況において本件家屋の縁先より西方約十三尺へだたつた地点に直径約二、三尺、深さ五寸位の穴を堀り、そこに落葉を集めて焚火をしていたのであつて、被告中川本人尋問の結果によれば当時中川は焚火の地点をはなれて焚火にもやす枯葉を集めるため邸内の他の場所に出向いていたことをみとめることができる。
しかして、およそ焚火をして枯葉などを燃やすことは、吾人が日常経驗するところであり、しかも当日はほとんど無風状態にちかかつたのであるから、被告中川が右の状況において焚火することには何らとがむべきものはないわけであるけれども、被告中川において本件家屋の屋根が草葺である点におもいをいたすならば、万一をおもんばかり、なるべく家屋よりはなれた場所において焚火をなし、かつ、原告も主張するごとく、焚火のそばをはなれることなく火の子の飛散炎上に注意し、もし現場をはなれるときは成人をして自己にかわつて監視させもつて火災発生の危險を防止すべき義務があることもちろんである。したがつて、前認定のごとく被告中川が飛火する可能性のある縁先より十二、三尺の地点において焚火をなし、しかも監視すべき成人のいないのに現場をはなれていたことは右義務に違背したものというべくこの点において、被告中川は本件火災発生につき過失の責を負うべきものといわなければならない。しかしながら、ひるがえつて考えるに右焚火がともかくも一應縁先より十二、三尺の距離のところで直径二、三尺、深さ五寸ほどの穴を堀つてなされたものであり、しかも同被告が日頃右箇所において焚火をするのが常であつて、それまで何らの危險も存しなかつたことにかんがみれば、本件火災発生につき被告中川に重過失ありとは到底みなしえないのである。
しからば、被告中川の重過失にもとずく不法行爲を原因として、同被告に対し、本件火災による損害賠償をもとめる原告の請求は、その他の点について判断するまでもなく失当であつて排斥されなければならない。
つぎに、被告熊野に対する関係については、前認定のごとく、本件家屋の賃借人は右被告であつて、同被告は被告中川に本件家屋を無断轉貸したのであるが、右家屋は轉借人たる被告中川の前記過失により一部を燒失してしまつたわけである。しかして賃借人は善良なる管理人の注意をもつて賃借物を保存すべき債務を負担するものであつて賃貸人に無断で他人に賃借物を使用せしめた場合に轉借人の過失により賃借物件を滅失せしめたときは賃借人自身に何らとがむべき事情がなくとも轉貸人たるものはその責を負わなければならない。したがつて、本件においては、轉借人たる被告中川の過失により本件家屋が一部が滅失したものである以上、被告熊野に本件火災につきとがむべき点の有無を判断するまでもなく賃借人たる被告熊野においてその責を負うべきは当然である。
よつて、本件家屋の一部燒失によつて原告のこうむつた損害はいくばくであるかを檢討するに、鑑定人杉山宏の鑑定の結果によれば、昭和二十四年七月当時において、本件家屋を修理するに要する費用は金三十九万円であることがあきらかである。したがつて、本件火災によつて原告のこうむつた損害も右金員と同額であるというべく、被告熊野は原告に対し本件火災による損害賠償として金三十九万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上あきらかな昭和二十三年十月十八日より完済にいたるまで民法所定の年五分の損害金を支拂うべき義務があるといわなければならない。しからば、原告の本訴請求は右の限度において正当であつて、その余は失当であつて棄却さるべきである。
よつて、訴訟費用は、これを二分しその一つづつを一部敗訴の原告ならびに一部敗訴した被告熊野に負担せしめ、原告勝訴の部分に仮執行の宣言を付する必要があるとみとめて主文のように判決する。
(裁判官 牧野威夫 亀下喜太郎 草野隆一)